米山俊文さんは、7年前まで地元の郵便局で働いていた。年末年始は、年賀状の配達などで一番のかき入れ時。それでも、息子さんの浩之さんに言わせると、「正月の餅は、自分の家で杵でついたものしか食べたことがなかった」という。
正月を前にすると、どんなに忙しくても、俊文さんはわずかな時間をみつけて、かならず自分で杵をふるった。
いまはめったにお目にかかれない薪ストーブが据えられ、地元産のもち米、「黄金もち」を蒸す。蒸し具合は、できるだけ柔らかいほうが良いという。
そのため、だいたい蒸し上ると、上から水をかける。さらにもう一度火にかけ、芯まで柔らかくするのがこつらしい。
さて、もちつきが始まる。これも、いつ造られたものなのかわからないほど、家代々伝わるブナ材の臼が持ち出され、威勢よい掛け声とともに、俊文さんが杵(きね)をふるう。臼の脇から餅を返す介添え役は、奥さんの君子さん。一昨年に、それまで介添え役だったお姑さんが亡くなった。それを継いだ形だが、まだ初心者、というのだろうか。手つきが少しぎごちない。
「ナレだて、ナレ」というのは、息子さんの浩之さん。
もち米の「黄金もち」は、この地域で一番人気の有る品種だ。他の品種に比べ造りやすく、収量も多い。なにより、餅にした時の味がいい。
「もち米というのは、一般的に風や雨で倒れやすいんですが、この黄金もちは、倒れにくいんですね。それに、ついた餅の腰がつよくて、食べごたえが有るんですね」
そのもち米は、親戚の家が造っているものだ。数量はわずかなので一般に販売するほどではない。親戚同士で分け合い、俊文さんの家にも回ってくる。
息子さんの浩之さんと交代しながら30分もすると、真っ白な餅ができ上がる。柔らかく艶の良い。いかにも旨そうだ。その突きあがったばかりの餅をいただく。黄な粉と納豆、それと、米山家代々の風習で、野沢菜漬けの漬け汁に浸して食べる。「私が嫁にきた時から、こうやって食べているんです」と奥さんが言うのだから、ずっと昔からこうして食べていたのに違いない。
今年の魚沼の冬は、雪が遅い。いつもなら真っ白な雪景色の中でのもちつき、なのだが、家の周りにはまだ黒い土がでたままだ。
「今夜あたりから雪になるがじゃねぇかぁ」俊文さんが、曇った空を眺めながらつぶやく。
一年間、無事に過ごせた喜びと、来る年もまた、こうして家族揃ってもち突きができる。その当たり前のことが、この土地で生まれた豊かさを伝えている。
写真・文 中島太一
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